山手洋館とアンサンブル山手バロッコの歩み
2008年で満10年目になりました。
記念のコンサートを開催し、対談や寄稿、プレゼントなどが寄せられましたので、その様子も併せてお知らせします。
おかげさまで、2013年で満15年目、第50回のコンサートを開催する運びになりました。
これまでのご支援を感謝もうしあげ、今後とも洋館での音楽三昧をご一緒に。よろしくお願い致します。
10周年記念対談(2008年)
「アンサンブル山手バロッコの歩み」
朝岡聡・曽禰寛純
曽禰:朝岡さん、アンサンブル山手バロッコのスタートは何でしたっけ?
朝岡:10年ほど前に引っ越して来た時に、たまたま御近所にトラヴェルソを吹く曽禰さんがいると伺って、ご近所同士のバーベキューか何かの席で2人で演奏したのが始まりだったはず。それ以来仲間を呼んでは合奏していたのが西洋館という古楽器に最適の空間と結びついたのは幸せでしたね。お互い学生時代から古楽器の演奏に親しんでいて、つながりのある友人や演奏家も西洋館の空間が気に入って、アンサンブル山手バロッコには喜んで参加していただいて感謝です。古楽器演奏は17〜18世紀の王侯貴族の音楽と言っても良いのですが、現在の大ホールのような空間ではなく、限られた親密な空間で楽しまれました。
我々の使う楽器も現代の楽器に比べると音量やメカニズムではだいぶ差があります。しかし昔の楽器には今の楽器が失ってしまった味わいもたくさんあって、それが魅力でもあるのです。西洋館の空間は、その魅力を楽しむには最適ですね。お客さまとの距離も近いし、私のお話で音楽や楽器をより身近に感じていただける工夫もこらしています。
ところで、曽禰さんには、いつもマネジメントなどもお願いしているのですが、山手バロッコには何人演奏家が登場して、何曲くらい演奏したんでしたっけ?
曽禰: 何と10年間で40名近い演奏者の皆さんが参加してくださっています。演奏した曲もアンコールを除いて150曲を超えているんですよ。われながらびっくりです。演奏には古楽で活躍されているプロの方も多く参加いただいているのですが、基本がボランティアコンサートなので、随分と協力していただいて成り立っているわけで本当に有難いです。
何度も出演してくださるかたが多いのは、お客さんの表情が見え、演奏者の息遣いと一体になって音楽が響く不思議な魅力があるからかもしれませんね。いつも一緒に音楽を楽しんでいただけるお客様がいてくださること、気持ちよくコンサートを迎えていただく西洋館の館長さんやスタッフの皆さんがいてくださることでここまで来られたんだなぁ、とあらためて思いました。
われわれのコンサートは、何となく次回のテーマが決まり、仲間が集まって・・・というスタイルが多いと思いますが、朝岡さんにとっての山手西洋館のコンサートの楽しみ、長続きしている理由など思い至ることはありますか?
朝岡:あんまり考えすぎないでやっているところでしょうか(笑)。演奏するほうが楽しまないと、聴いている方は楽しめませんからね。メンバーも比較的自由に構成していますからバリエーションに富んだプログラムが組めるのも理由かもしれません。それと、西洋館自体がとても魅力的なのが大きいです。歴史を刻んだ建物は訪れるだけでホッとするでしょう。お客様もそうでしょうけれど、演奏する人間もこういう場所で音楽ができるのはこの上ない喜びですから。
今年で10周年を迎えたわけですが、これからの山手バロッコはどのような方向に行きましょうか?
曽禰:古い音楽・楽器にこだわりながらも、新たな発見・出会いを楽しみながら、朝岡さんと一緒に「そろそろやってみようか」「こんどはこんなこと面白いんじゃない?」という感じで、やっぱりあんまり考えすぎないで行きましょうか(笑)。今後も、演奏者もお客様と一緒に楽しんでしまうという、山手の西洋館の手作りコンサートを大切にして続けていきたいですね。
じゃ、そろそろ練習始めましょうか・・・・。 (終)
山手バロッコ10周年へのお祝いの寄稿(2008年)
アンサンブル山手バロッコ結成10周年 おめでとうございます
山手234番館 元館長 国井和子
山手234番館館長 渡辺毬子
ベーリック・ホール館長 布川栄子
朝岡さんと曽禰さんが、アンサンブル山手バロッコとして始めて山手234番館でコンサートを開かれたのは、1998年の夏、山手234番館が市民と行政のコラボレーションで実験活用として開館したときのことだったと思います。その実験活用が成功し、その成果を踏まえて山手234番館は翌年の1999年7月20日に正式に開館しました。
当時山手の西洋館は、見学施設としてエリスマン邸、ブラフ18番館、外交官の家が開館していました。山手234番館は市民が使えて楽しめる西洋館を目指し、開館記念イベントを前年夏の実験活用に参加してくださった方々に呼びかけ、開催を企画しました。そこで、朝岡さんにコンサートのお誘いをし、快く引き受けていただき、その後の定期的なボランティアコンサートへとつながっていったと思います。ここ数年は夏の宵のコンサートが定番になりましたね。また、バロックの音楽講座を連続で開催していただいたこともありました。
山手234番館は元アパートという建物の性格上いろいろ使いにくいこともあり、皆様にはご苦労をおかけしています。10年たって固定的なファンの方も多く、もう少し居間が広ければ、もっと多くの方に聞いていただけるのにといつも残念に思っております。よい点は奏者と参加者の距離が近く、間近で演奏を見られる点でしょうか。演奏しにくいとは思いますが…。
山手の西洋館はその後2000年4月に女性館長へと組織替えを行い、すべての西洋館を見るだけではなく使えて楽しめる西洋館として、市民の方との協働を大切に運営するようになりました。演奏やフラワーアレンジをはじめとして、たくさんのボランティアの方々の善意に支えられて今にいたっています。10年前からの皆様の活動が、現在の山手西洋館のスタイルにつながってきたと言っても過言ではないと思います。これからも末永く、山手西洋館で楽しんでくださるようお願いいたします。
50回記念記念コンサート(パーセルのオペラ)インタビュー(2013年)
「アンサンブル山手バロッコの歩み」
朝岡聡・曽禰寛純・木島千夏(歌手)・藤井大輔(歌手)
第50回の記念のコンサートについて伺ってみました。
曽禰: 私たちで立ち上げた山手バロッコの発足15年で50回記念のコンサート。主催者であり、無類のバロック好き、オペラ好きの朝岡さんから今回のコンサートへの思いを。
朝岡: 人間が音楽を始めたであろう時期に、最初に使った楽器は「声」であり、その意味で声は楽器のルーツです。その楽器としての「声」と芝居と音楽が一緒になった芸術がオペラです。この面白さは格別で、特にバロック音楽では楽器としての声の技術が格段に進歩し、様々な技巧も発達しました。パーセルのオペラは、超絶技巧を駆使したドラマティックな音楽の連続とは一線を画し、しっとりとした中に情感がたっぷりこもった音楽で人の心を揺さぶります。その品の良さが良いんですね。これまで器楽を中心にお届けしてきたアンサンブル山手バロッコの別な顔をじっくり味わっていただけると思っています。
曽禰:ありがとうございました。木島さんは、10年前に西洋館でのコンサートを始められ毎年回を重ねてきました。また、その中でパーセルは特別の作曲家として歌ってこられたように感じています。パーセルのオペラ、中でもディドーとエネアスを選んだ理由、そして西洋館上演の魅力について教えていただけますか?
木島: バロック音楽というとバッハ、ヘンデルに人気がありますが、イギリスのオルフェウスと称されたパーセルの音楽も大変魅力的なものです。情熱的な表現も、優雅さやユーモアも兼ね備えてとてもバランスがよく、安心して楽しめる音楽ですので、皆さんにもっと知ってもらいたいと常々思っています。実はダイドーとエネアスは私が14歳の時に部活(音楽部)で上演しているのです。全編日本語で上演しましたが、美しい日本語で音楽にも沿ったよい訳だったと思います。その頃はバロックということもパーセルがどんな作曲家ということも知りませんでしたが、ずっと原体験のひとつとして残っているような気がします。思い出深い「ダイドー」に改めて取り組めて幸せです。
洋館でのコンサートはやはり建物の雰囲気がよいのが魅力だと思います。建物全体の構造や細部の装飾などを見ると、バロック音楽の作りと共通するものを感じます。外部から遮断されたコンサートホールという特殊な空間ではなく、窓から外の様子が見えたり自然の光が入ってくる日常の空間の延長で、かたひじはらずに音楽を楽しんで頂きたいです。
曽禰: 藤井さんは、コーヒーカンタータの頑固おやじ役を、楽しく聞かせていただきましたが、今回はオペラですが、いかがですか? また、若い歌い手を相手に合唱も担当されていますが、感想をお聞かせください。
藤井: 現実の私は恋愛とは縁のない物分かりのよいパパですので、(王子やよっぱらい詩人など)非現実を体験出来るのは貴重ですし楽しみです。また、合唱の三人は学校時代から仲良しとのことで顔合わせの前にしっかり合わせてきたと聞いて、初対面の私は置いていかれはしないかと少し焦りましたが、みなさん優しくフォローして仲良くして下さるし、嬉しく思っています。
本日は、ありがとうございました。