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138th Concert
かなっくde古楽アンサンブル
バッハ〜市民音楽の楽しみ〜
J.S.Bach “Public Concertin Leipzig”
“洋館で親しむバロック音楽”第156回
2026年3月14日(土)
14時開演 横浜市神奈川区民文化センターかなっくホール
14:00 14th March 2025
at Kanack-hall
主催:横浜市神奈川区民文化センターかなっくホール指定管理者 後援:横浜市神奈川区 協力:アンサンブル山手バロッコ
出演

小林 恵(ソプラノ)★
青山学院大学文学部史学科卒業。東京藝術大学大学院古楽科バロック声楽専攻修士課程修了。 G.F.ヘンデル 《メサイア》、J.S.バッハ《ミサ曲 ロ短調》、《マタイ受難曲》、F.メンデルスゾーン《賛歌》、 G.フォーレ《レクイエム》等の宗教作品でソリストとして出演。 第36回国際古楽コンクール〈山梨〉第2位(最高位)。Emma Kirkby, John Elwes, Gerd Türk各氏によるマスタークラスを受講。声楽を波多野睦美、野々下由香里、青木洋也、阿部早希子各氏に師事。メサイア・フェスティバル・クワイア、エルヴィオ ・ソーヌス合唱団、東京スコラ・カントールム、バッハコア横浜、オルフ祝祭合唱団ヴォイストレーナー。Purcell Project 、Salicus Kammerchor、EX NOVO、プロムジカ使節団の演奏会および録音に参加。青山学院大学聖歌隊副指揮者。
曽禰 愛子(メゾソプラノ)★
鹿児島国際大学短期大学部音楽科、同専攻科卒業。洗足学園音楽大学大学院 音楽研究科修了。第32回国際古楽コンクール〈山梨〉ファイナリスト。スイス・バーゼル・スコラ・カントルムにてBachelor及びMasterを修了。幅広い時代の作品をレパートリーとし、ソリストおよび声楽アンサンブルメンバーとして活動しており、ヨーロッパ各地でのコンサートに参加。声楽を故川上勝功、ウーヴェ・ハイルマン、ゲルト・テュルク、ローザ・ドミンゲスの各氏に師事。

曽禰 寛純(フラウト・トラヴェルソ)
フルート演奏を経て、フラウト・トラヴェルソを独学で習得、慶應バロックアンサンブルで演奏。1998年にリコーダーの朝岡聡と共に、アンサンブル山手バロッコを結成し、横浜山手の西洋館でのコンサートを継続。

小野 萬里(バロック・ヴァイオリン)★
東京藝術大学ヴァイオリン科卒業後渡欧、バロック・ヴァイオリンをS. クイケンに師事、以来たゆみない演奏活動を展開している。「ムジカ・レセルヴァータ」メンバー。アンサンブルsonore cordiを指導している。

角田 幹夫(バロック・ヴァイオリン)
慶應バロックアンサンブルでヴァイオリンを演奏。独学でヴィオラ・ダ・ガンバを習得。現在、NHKフレンドシップ管弦楽団団員。アンサンブル山手バロッコ発足メンバー。

原田 純子(バロック・ヴァイオリン)
洗足学園音楽大学卒業。ヴァイオリンを鈴木嵯峨子氏に師事。慶應バロックアンサンブルでヴァイオリンを演奏。卒業後古楽器での演奏に興味を持ちバロックヴァイオリン・ヴィオラを渡邊慶子氏に師事する。モダンとバロックのヴァイオリン、ヴィオラ奏者として室内楽を中心に活動している。アンサンブル山手バロッコメンバー。

木村 久美(バロック・ヴァイオリン)
ヴァイオリンを森田玲子、森悠子、北浜怜子、バロック・ヴァイオリンを小池はるみ、赤津真言の各氏に師事。ザロモン室内管弦楽団メンバー。アンサンブル山手バロッコメンバー。

小川 有沙(バロック・ヴィオラ)
慶應バロックアンサンブルでヴィオラを演奏。卒業後、オーケストラ、室内楽の両面で活動している。アンサンブル山手バロッコメンバー。
坪田 一子(ヴィオラ・ダ・ガンバ)★
国立音楽大学楽理学科卒業。在学中よりヴィオラ・ダ・ガンバを神戸愉樹美氏に師事。ベルギーでヴィーラント・クイケン氏、ポルトガルでパオロ・パンドルフォ氏のマスタークラスに参加。ヨーロッパの中世からルネサンス・バロック音楽まで、アンサンブルを中心に演奏活動をしている。国立音楽大学非常勤講師。

小林美耶子(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
北鎌倉女子学園中学校音楽コース、同高等学校音楽科卒業。国立音楽大学音楽文化教育学科音楽情報専修卒業。在学時よりヴィオラ・ダ・ガンバを坪田一子氏に師事。同大学西洋古楽コースにて古楽アンサンブルを大塚直哉氏、大西律子氏、菊池奏絵氏に師事。アンサンブル山手バロッコメンバー。

黒滝 泰道(バロック・チェロ)
矢島富雄、三木敬之、山崎伸子、島根朋史 各氏の指導を受ける。慶應バロックアンサンブルOB。弦楽合奏団、古楽アンサンブルなどで活動。アンサンブル山手バロッコメンバー。
飯塚 正己(コントラバス)
学生時代よりコントラバスを桑田文三氏に師事。卒業後河内秀夫、飯田啓典、大黒屋宏昌の各氏より指導を受け演奏を続けている。近年は指揮者としても活動中。アンサンブル山手バロッコメンバー。

和田 章(チェンバロ)
小林道夫氏にチェンバロを師事。慶應バロックアンサンブルで演奏。。アンサンブル山手バロッコ発足メンバー。
アンサンブル山手バロッコ第138回演奏会
かなっくde古楽アンサンブル
バッハ〜市民音楽の楽しみ〜
J.S.Bach “Public
Concertin Leipzig”
“洋館で親しむバロック音楽”第156回
プログラム
昨年スタートした「かなっくde古楽アンサンブル」は、バロック時代に演奏されていた楽器(古楽器)を使って、バロック時代の歌唱法、演奏法とともに当時の響きを再現し好評をいただきました。第2回となる今年は「バッハと市民音楽」のテーマで、バロック時代の大作曲家、ヨハン・ゼバスチャン・バッハがライプツィヒの市民のためのコンサートで演奏されたと考えられている4曲をお聴きいただきます。出演は横浜で古楽器による演奏活動を続けているアンサンブル山手バロッコの皆さんです。素晴らしいゲストもお迎えして、バロック時代のフルート、ヴァイオリン、ヴィオラ·ダ·ガンバやチェンバロなどの楽器とソプラノ、メゾソプラノの歌声の組合せによる音色をお楽しみいただきます。
♪ ♪ ♪
バッハと市民音楽
ヨハン・ゼバスティアン・バッハは、1685年にドイツのアイゼナッハで音楽一族の家系に生まれ、その一生をドイツの国内で送りました。音楽家としてのスタートは宮廷楽団員でしたが、アルンシュタット、ミュールハウゼンの教会オルガニストとしてその経歴を積み、ヴァイマルの宮廷楽長に就任し、イタリアの作曲家の協奏曲を鍵盤楽器のために編曲しながらイタリア音楽を学びました。その後、1717年にケーテンの宮廷楽長に就任。音楽好きで素晴らしい音楽家を集めた宮廷楽団を立ち上げた領主レオポルト公の元で、独奏曲、室内楽や有名なブランデンブルク協奏曲をはじめとする名曲を数々生み出しました。ケーテン宮廷楽長を5年ほど務めたのち、1723年には、バッハはライプツィヒ市の音楽監督といえる「トーマスカントル」に就任し、毎週教会の礼拝とともに演奏される教会カンタータを精力的に作曲・演奏を進め、またコーヒーハウスでの市民のためのコンサートを主催するなど、1750年に亡くなるまで、ライプツィヒで活躍しました。
「・・・・バッハ氏率いるコレギウム・ムジクムによる素晴らしい演奏会が、再開される予定。17日水曜日の午後4時から、グリムシュタイン通りのツィンマーマンの庭園にて。・・・・・音楽愛好家も専門家も大いに期待されたし。」これは1733年にライプツィヒで発行された新聞の記事の一節です。コレギウム・ムジクムはライプツィヒ大学の学生を中心とする合奏団。ツィンマーマンは有名なコーヒーハウス経営者で、彼の店や庭園で毎週開かれたこのコーヒー付コンサートは、ライプツィヒの街の呼び物となっていました。ここでは、バッハ自身の作曲の管弦楽組曲、協奏曲、ソナタや独奏曲、声楽曲などのほか、記録によれば、ヘンデルやテレマン、イタリアのヴィヴァルディの曲なども演奏され、当時台頭し始めた富裕な商人などの市民に楽しみの場を提供していたのでした。

J.S.バッハ/管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV1067
Johann Sebastian Bach(1685 – 1750)
/Suite No.2 in b-minor BWV1067
序曲 – ロンド – サラバンド – ブーレー I/II – ポロネーズ/ドゥーブル – メヌエット – バディネリ
Overture –
Rondeau –
Sarabande –
Bourree I/II – Polonaise/Double – Menuet – Badinerie
昨年お楽しみをいただいたイタリア起源の協奏曲のジャンルに加えて、もう1つ当時流行したのがフランスを起源とする舞曲を組み合わせた組曲です。バッハは、独奏ヴァイオリン、チェロやリュート、チェンバロなどのために多くの組曲を書いています。また、フランスで活躍した大作曲家リュリのオペラの序曲と舞曲に起源を持つ管弦楽(管楽器と弦楽合奏、通奏低音)のための組曲も当時大流行しました。現在は管弦楽組曲と呼ばれているこのジャンルは、当時は冒頭に置かれる大規模なフランス風序曲にちなんで序曲(Overture)と呼ばれていました。本日演奏する管弦楽組曲第2番は、4曲残されているバッハの管弦楽組曲の中でも最も有名な曲で、フルートが独奏楽器として活躍します。バッハの作成したパート譜の年代鑑定から、1739年から再開した市民のためのコレギウム・ムジクムの演奏会で使われたと推定されています。曲は、定型の緩・急・緩の構成のフランス風序曲で始まり、その後に、6つの舞曲または当世風の小曲が続きます。曲の成立や独奏楽器の起源については諸説がありますが、特徴的なのは、テレマン、バッハなどドイツの一部の作曲家だけが好んで採用した協奏曲風序曲(組曲)の様式で書かれていることです。協奏曲風序曲とは、イタリア様式とフランス様式の融合として、組曲の中に、協奏曲で好んで使われたリトルネロ(合奏部分)とソロが交互に現れる様式を取り込んだもので、組曲第2番では、序曲の中間部分のフーガが、バッハの他の協奏曲の終楽章のような様式で構成されています。序曲以外にも舞曲の中に協奏曲の原理を取り入れているのがお聴きになれると思います。
なお、2007年に、この組曲はもともと独奏を含め弦楽合奏のために作曲されたもので、それをライブツィヒでのフルート奏者との演奏のために仕上げたものが今日に伝わっているという研究が発表されましたが、本日は、最終稿のフルートと弦楽の編成で演奏します。第1、第2ヴァイオリンを2本ずつ、低音には豊かな響きのヴィオラ・ダ・ガンバを据え、しっとりとした味わいを目指して演奏いたします。

J.S.バッハ/ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ ニ長調 BWV 1028
J.S.Bach / Sonata for Viola da gamba and Cembalo in D-Major BWV1028
アダージョ –
アレグロ – アンダンテ – アレグロ
Adagio - Allegro - Andante – Allegro
バッハのヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタは3曲が残されていますが、1曲(ト長調)が原曲(2本のフルートと通奏低音のためのソナタ)とライプツィヒ時代の自筆譜が残されている以外は、バッハの死後、筆写譜のみで伝えられているため作曲の経緯や時期は明確でありませんでした。ヴィオラ・ダ・ガンバを愛好した領主のいた、ケーテン宮廷の楽長時代の作とされていましたが、資料的な裏付けもなく、今では、コレギウム・ムジクムなどのライプツィヒでの活動に関連して作曲された、またはもともと2つの旋律声部と通奏低音からなるトリオ・ソナタを編曲したものと考えられています。
演奏するニ長調のソナタは、7弦のヴィオラ・ダ・ガンバを想定したもので、4つの楽章からなります。ニ長調という華やかな調性の曲で、瞑想的な第1楽章で始まります。活発な第2楽章に続いて、息の長い旋律が歌い交わされる深い味わいを持つ第3楽章が印象的です。最後はチェンバロやヴィオラ・ダ・ガンバの特徴を生かした独奏部分が挟み込まれた協奏曲のような第4楽章で曲を閉じます。坪田さんは、「バッハとヴィオラ・ダ・ガンバと言えば、やはりケーテン宮廷時代のアーベルとの親交を思い浮かべます。アーベルはヴィオラ・ダ・ガンバの名手で、バッハが彼の演奏からインスピレーションを受けたことは間違いないでしょう。後にバッハの末息子と、アーベルの息子がイギリスに渡り、《バッハ=アーベル・コンサート》を立ち上げ人気を博します。今日使う楽器はその頃ロンドンで作られたものです。もしかしたら彼らの音楽を奏でたかもしれません。」とお話しをいただきました。本日は一般に演奏される独奏ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロによる演奏に、もう1本のヴィオラ・ダ・ガンバを通奏低音に加えて演奏します。豊かな響きをお楽しみください。

J.S.バッハ/2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043
Johann Sebastian Bach(1685 – 1750) /
Concerto for 2 Violins in
d-minor BWV1043
ヴィヴァーチェ – ラルゴ・マ・ノン・タント – アレグロ
Vivace – Largo ma non tanto –
Allegro
バッハは、コレギウム・ムジクムの演奏のために2台のチェンバロのための協奏曲を3曲残しています(ハ長調1曲、ニ短調2曲)。ハ長調の曲(BWV1061)は当初よりチェンバロ2台を想定して書かれており、弦楽アンサンブルの役割も小さいものです。残りの2曲(BWV1060,1062)は、双子のように似た構成になっており、既存の2つの旋律楽器のための協奏曲をコレギウム・ムジクムでバッハ親子がチェンバロ独奏の披露をするために編曲されたと考えられています。BWV1060(ハ短調)の曲の原曲は残されていませんが、オーボエとヴァイオリンのための協奏曲(BWV1060R)として復元されています。そして、もう1曲のハ短調の曲(BWV1062)が、本日演奏する2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調(BWV1043)を原曲としており、原曲も編曲も当時の手稿譜が現存しています。
演奏する2つのヴァイオリンのための協奏曲は、ヴィヴァルディが開発した協奏曲の原理に基づきながらも、ドイツ好みの細密な内声や対旋律などを織り混ぜ、イタリアとドイツの2つのスタイルを巧みに融合させた作品となっています。第1楽章では合奏で提示されるテーマにつづき、2つの独奏楽器がフーガの形で相次いで登場し、合奏と独奏が巧みに折り合わされたリトルネロ形式で曲が進みます。第2楽章は、BWV1060の緩徐楽章と双子のような曲。舞曲(シチリアーノ)のリズムに乗って、2つのヴァイオリンが心に残る対話を続けます。最後の第3楽章はテーマが次々と重なり合い追いかけるような形で始まり、要所に独奏の火花のほとばしりを挟みつつ緊張感を保ったままこの曲を閉じます。

G..ペルゴレージ/スターバト・マーテル(悲しみの聖母)全曲
Giovanni Battista Pergolesi, (1710〜1736) / Stabat Mater
第1曲 二重唱:悲しみの聖母は立ち尽くし 〜 第2曲 アリア(ソプラノ):嘆き、憂い、悲しみ 〜 第3曲 二重唱:神のひとり子の 〜 第4曲 アリア(アルト):愛に満ちた聖母は
第5曲 二重唱:キリストの御母は 〜 第6曲 アリア(ソプラノ):いとしい御子が 〜 第7曲 アリア(アルト):さぁ、聖母よ、愛の泉 〜 第8曲 二重唱:私の心を
第9曲 二重唱: 聖なる母よ、こうしてください 〜 第10曲 アリア(アルト):私にキリストの死を負わせ 〜 第11曲 二重唱: 聖なる処女よ 〜 第12曲 二重唱: たとえ肉体は朽ちても
スターバト・マーテル(悲しみの聖母)は、13世紀に生まれたカトリックの聖歌の一つで、わが子イエス・キリストが磔刑となったときに、母マリアが受けた深い悲しみが描かれており、ルネサンスから現代にいたるまで多くの作曲家が曲を残しています。本日お聴きいただく曲を作曲したペルゴレージは、1710年イタリアに生まれ、幼少時から才能を発揮し、ナポリで活躍しましたが、病気のためわずか26歳でその生涯を終えました。死の直前に療養中の聖フランチェスコ修道院で、スターバト・マーテルを作曲しました。深い悲しみを描いているこの曲は、作曲家の死後、ペルゴレージの代表作として欧州中に有名になりました。バッハも、ライプツィヒ時代にこの曲を編曲し、ドイツ語の歌詞を付けて詩篇「いと高きものよ、わが罪を消し去りたまえ」 BWV1083として仕上げ、演奏しています。(本日は、ラテン語の歌詞を持つペルゴレージの原曲を演奏します。)
曲は、ソプラノとアルトの2重唱「悲しみの聖母は立ち尽くし」で始まり、イエス・キリストが十字架にかけられる悲しみを歌います。続く曲では、聖母の悲しみ、苦しみ、祈りをアリアや2重唱でつづり、前半最後の「いとしい御子が」では、イエス・キリストが息絶える場面をソプラノが歌います。続く楽章では、聖母のキリストへの愛、祈り、嘆きを共に歌い、第11曲「聖なる処女よ」では聖母への祈りを2重唱で歌います。この曲の最後の楽章「たとえ肉体は朽ちても」は、イエス・キリストの昇天を祈る鎮痛な曲想を経て、最後は、ソプラノ、アルトと弦楽での畳み込むようなアーメンの祈りで曲を閉じます。

たくさんの拍手をいただきましたので、
バッハ 詩篇「いと高きものよ、わが罪を消し去りたまえ」
BWV1083 より終曲 アーメン
をお聴きいただきます。ありがとうございました。
使用楽器と編成について
バッハの生きていたバロック時代の楽器は、現代のオーケストラで使われている楽器と異なる点が多くあり、今では使われなくなったものもあります。弦楽器のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスは、羊腸から作るガット弦を張り、そりをもつ軽やかな弓で演奏していました。ヴィオラ・ダ・ガンバは、小さいサイズから、今回演奏する大きなサイズまで合奏や独奏で大いに栄えましたが、バロック時代を最後に使われなくなりました。管楽器についても、木製でキーが1つのバロック・フルート(フラウト・トラヴェルソと呼ばれていました)などが使われており、構造だけでなく軽やかな音色が現代楽器とは大きく異なります。チェンバロは、鳥の羽軸で弦をはじく楽器で、独奏楽器や合奏の基礎となる低音(通奏低音)を支える楽器として広く使われましたが、次の時代には徐々にピアノ(フォルテピアノ)に主役の座を交代していきました。また、声楽についても、教会音楽やオペラの伝統の中で育てられた歌唱法が用いられました。
バッハはその時代に使われていた楽器をイメージして作曲し、聴く人や演奏する人たちもその音色と音楽を楽しみました。今日のコンサートでは、当時の楽器や当時の様式で制作された楽器、当時の様式の歌唱法を使用しています。
(アンサンブル山手バロッコ 曽禰 寛純)
参考文献
1) 礒山 雅ほか編 / バッハ事典、東京書籍 (1996)
2) J. Rifkin / The “B-Minor Flute Suite” Deconstructed /BACH PERSPECTIVES6 (2007)
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