これまでの演奏会へ戻る

 NEW!!
28th Concert

 

アンサンブル山手バロッコ第28回演奏会

“洋館で親しむバロック音楽”シリーズ 特別コンサート

 

横浜開港150周年記念

開港記念会館で親しむ 

〜 バッハの市民音楽 〜

"Bachs Public Concert

2009621(日)午後2時開演(130分開場) 横浜市開港記念会館講堂 

2
00pm 21ST June. 2009 at Kaikou-kinen-kaikan Hall

共催: 横浜市中区役所、財団法人 横浜開港150周年協会

協力: 財団法人 横浜市緑の協会  

出演 アンサンブル山手バロッコ 

わたしたち「アンサンブル山手バロッコ」は、98年、横浜山手の洋館 山手234番館のリニューアルに行なわれた記念のコンサートをきっかけに、山手在住のリコーダー愛好家 朝岡聡を中心に結成された、バロック時代の楽器(古楽器)を使った演奏団体で、継続的に山手の洋館での演奏活動を続けています。本日の演奏メンバーを紹介します。

 

木島千夏(ソプラノ) 
Chinatsu Kijima (Soprano)

国立音楽大学卒業後、同大学音楽研究所の研究員として、バロック歌唱の研究と演奏活動に従事し、数々のバロックオペラやコンサ−トに出演。

川口絹代、橋本周子に師事。92年英国へ留学し、J.キャッシュに声楽を師事、ギルドホール音楽院にてE.カークビー、D.ロブロウ、 N.ノースのレッスンを受ける。第30回ブルージュ国際古楽コンクールにて4位入賞。

翌年同音楽祭に招待され、モーツァルトの「聖墓の音楽」のソロ等を歌う。

W.Christie指揮によるシャルパンティエのオペラ公演「ダヴィデとヨナタン」に参加、ロンドンと日本各地でリュートのN.ノースとデュオ・リサイタルを行った他、ヨーロッパ各地で音楽祭や演奏会、ラジオに出演。

帰国後は、バロックを専門にグレゴリオ聖歌から現代曲まで幅広いレパートリーに取り組みソリストまたはアンサンブルで活躍している。

2004年より横浜山手の洋館でのリサイタルを継続している。現在、聖グレゴリオの家教会音楽科講師。

 

朝岡聡(お話、リコーダー)
Satoshi Asakoka (Recorder and Concert Navigation)

1959横浜市生まれ。慶應義塾大学卒業後テレビ朝日にアナウンサーとして入社。各種スポーツ中継や「ニュースステーション」初代スポーツキャスターとして活躍。

1995年フリーとなってからはTV・ラジオ・CM出演のほか、コンサート・ソムリエとしてクラシックやオペラの司会や企画構成にも活動のフィールドを広げている。

リコーダーを大竹尚之氏に師事。福岡古楽音楽祭にも毎年参加して、オープニングコンサートで軽妙かつ的確な司会は好評を得ている。

「音楽の友」「UOMO」「チケットクラシック」「THE GOLD」(JCB会員誌)などに音楽関連の連載多数。

1998年にフラウト・トラヴェルソの曽禰寛純と共に、アンサンブル山手バロックを結成し、横浜山手の洋館でのコンサートを継続している。

 

国枝俊太郎(リコーダー)
Shuntaro Kunieda (Recoeder)

東京都出身。リコーダーを安井敬、フラウト・トラヴェルソを中村忠の各氏に師事。1995年開催の第16回全日本リコーダー・コンテスト「一般の部・アンサンブル部門」にて金賞を受賞。

これまで東京リコーダー・オーケストラのメンバーとしてNHK教育テレビ「ふえはうたう」「トゥトゥアンサンブル」に出演、またCD録音にも参加する。

ムシカ・フラウタのメンバーとしても、NHK-FM「名曲リサイタル」にも出演する。

現在はバロック室内楽を中心に、リコーダー・アンサンブルによるルネサンス〜現代までの作品や、ギターとのアンサンブルによる19世紀のサロンピースの演奏、

さらには古楽器オーケストラによる数々の演奏会に出演するなど、幅広く活動している。 「クラングレーデ」メンバー

 

曽禰寛純(フラウト・トラヴェルソ)
Hirozumi Sone (Flauto Traverso)

フルート演奏を経て、フラウト・トラヴェルソを独学で学び、慶應バロックアンサンブルで演奏。
1998
年にリコーダーの朝岡聡と共に、アンサンブル山手バロックを結成し、横浜山手の洋館でのコンサートを継続している。カメラータ・ムジカーレ同人。

 

大山有里子(バロック・オーボエ・ダモーレ)
Ariko Ohyama(Baroque Oboe d
amore)

大阪教育大学音楽科卒業。同大学専攻科修了。モダン・オーボエを大嶋彌氏に師事。

1982年〜1993年「アンサンブル・シュッツ」のメンバーとして、またフリーで活動するかたわらバロック・オーボエを始める。これまでに各地でオリジナル楽器によるアンサンブルやオーケストラに参加している。

「アルモニー・アンティーク」、「クラングレーデ」メンバー。横浜音楽文化協会会員。

 

角田幹夫(バロック・ヴァイオリン)

Mikio Tsunoda (Baroque Violin)

慶応バロックアンサンブルでヴァイオリンを演奏。独学でヴィオラ・ダ・ガンバを学ぶ。

現在、カメラータ・ムジカーレ同人。アンサンブル山手バロッコ発足メンバー。

 

小松久子(バロック・ヴァイオリン)

Hisako Komatsu (Baroque Violin)

慶応バロックアンサンブルでヴァイオリンを演奏。カメラータ・ムジカーレ同人。

エッフェ弦楽アンサンブルコンサートミストレス。

 

原田純子(バロック・ヴァイオリン)

Junko Harada (Baroque Violin)

慶應バロックアンサンブルでヴァイオリンを演奏。バロックヴァイオリンを渡邊慶子氏に師事。

モダンとバロックの両楽器で活躍。カメラータ・ムジカーレ同人

  

山口隆之(バロック・ヴィオラ)

Takayuki Yamaguchi (Baroque Viola)

学生時代、独学でバロック・ヴァイオリン、ヴィオラを始める。アンサ ンブルを千成千徳氏に師事。

カメラータ・ムジカーレ同人。都留音楽祭実行委員。歌謡曲バンド「ふじやま」リーダー。

 

中尾晶子(バロック・チェロ)

Akiko Nakao (Baroque Violoncello)

チェロを佐々木昭、アンサンブルを岡田龍之介、花岡和生の各氏に師事。カメラータ・ムジカーレ同人。

 

飯塚正己(コントラバス)
Masami Iizuka (Contrabass)

学生時代よりコントラバスを桑田文三氏に師事。卒業後河内秀夫、飯田啓典の各氏より指導を受け演奏を続けている。

 

野口詩歩梨(チェンバロ)

Shihori Noguchi (Cembalo)

 
©篠原栄治

桐朋学園大学古楽器科卒業、同研究科修了。ピアノを伊原道代、雨田信子、チェンバロを故鍋島元子、又アンサンブルを有田正広、本間正史、中野哲也の各氏に師事。その後クイケン兄弟、モルテンセン氏などの指導を受ける。

通奏低音奏者、ソリストとして幅広く活動。これまでにもフルートのM.ラリュー、F.アーヨ、中野哲也など数々の音楽家や室内オーケストラと共演。「音の輝きをもとめて」と題したソロリサイタルを開催、各方面より好評を得る。

古楽情報誌アントレ製作ビデオ等に出演。山手西洋館で、ソロコンサート「洋館で親しむバッハのチェンバロ」で“洋館で親しむバロック音楽”シリーズの第1回に出演、好評を博す。横浜市在住。

 

酒井絵美子(チェンバロ)

Emiko Sakai (Cembalo)

洗足学園音楽大学ピアノ科卒業。在学中チェンバロに出会い、岡田龍之介、家喜美子の両氏に師事。CD「篠原理華 リコーダー&ミュゼット」参加。

現在、チェンバロ及び通奏低音奏者として講習会のアシスタントや日本各地で演奏する傍ら、ピアノ奏者として様々なアンサンブルに参加するなど、意欲的に音楽活動を行なっている。

カメラータムジカーレ同人、「クラングレーデ」メンバー


 

横浜開港150周年記念

開港記念会館で親しむ 

〜 バッハの市民音楽 〜

"Bachs Public Concert

 

 開港150周年記念「開港記念会館で親しむバッハの市民音楽」においでいただき、ありがとうございます。私たちアンサンブル山手バロッコは、1998年山手の西洋館での演奏会をきっかけに、古楽器によるバロックアンサンブルとしてスタートし、おかげさまで2008年で10周年を迎えました。開港150周年の今年、いろいろな演奏家にも参加いただき、さらにパワーアップして「洋館で親しむバロック」シリーズとしてスタートいたしました。このシリーズは、横浜の西洋館や歴史的建造物で、古楽器による音楽のひとときを、洋館の雰囲気も味わいながら親しんでいただこうというものです。

 この度は、横浜市にも応援をいただき、開港記念150周年記念の行事として、重要文化財で歴史的な西洋建築である横浜市開港記念会館でのコンサートが実現できました。

 

 横浜開港150周年は、同時に日本の西洋音楽の本格的な受容の150周年を記念する年でもあります。ヨーロッパでの当時(1860年頃)の音楽といえば、ベートーベンの古典派からメンデルスゾーンのロマン派へ移り変わる頃でしたが、日本は開国ということで1700年から1850年の150年の西洋音楽を一度に受け入れることになりました。バッハ(1685-1750)について言えば、この時、没後100年を経て欧州では復興運動が盛んでした。

 今回は、日本の開国・開港と共に入ってきた西洋クラシック音楽の原点であるバッハの音楽を、100年ほど前に市民の集いの場として建設された開港記念会館で演奏するので、バッハ自らがそれまでの貴族の音楽から一般市民に解放した公開コンサートのように演奏してみようということになりました。山手西洋館で活躍の大勢のゲスト演奏家にも賛同・参加いただき、150周年のお祝いに相応しい華やかなコンサートをトークとともにお楽しみいただけるよう企画いたしました。

 

バッハの生涯とライプツィヒでの市民音楽

「しばらく中断していた、バッハ氏率いるコレギウム・ムジクムによる素晴らしい演奏会が、再開される予定。17日水曜日の午後4時から、グリムシュタイン通りのツィンマーマンの庭園にて。当地ではまだ演奏されたことのない新しいチェンバロが披露されるとのこと、音楽愛好家も専門家も大いに期待されたし」

 これは1733年にライプツィヒで発行された新聞の記事の一節です。コレギウム・ムジクムはライプツィヒ大学の学生を中心とする合奏団。ツィンマーマンは有名なコーヒーハウス(当時ヨーロッパ中で流行したコーヒー専門の喫茶+娯楽施設)経営者で、彼の店や庭園で毎週開かれたこのコーヒー付コンサートは、ライプツィヒの街の呼び物となっていました。記事にある「新しいチェンバロ」を弾いたのはもちろんバッハ自身です。ここでは、バッハ自身の作曲の協奏曲、ソナタや独奏曲、カンタータなどが演奏されましたし、記録によれば、ヘンデルやテレマン、イタリアのヴィヴァルディの曲なども演奏され、当時台頭し始めた富裕な商人などの市民の楽しみの場を提供していたのでした。 

 

2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061

アレグロ – アダージョ または ラルゴ – フーガ ヴィヴァーチェ

Concerto for two cembali and orchestra C- Major BWV1061

[Allegro] - Adagio Ovvero Largo - Fuga Vivace

この記事に紹介されているバッハのチェンバロ協奏曲は、独奏チェンバロが1台のものから4台のものまで、13曲が現存しています。(チェンバロを独奏楽器とした世界で最初の協奏曲は、ケーテン時代の1718年頃に作曲された有名なブランデンブルク協奏曲の第5番であるといわれています。)これらのチェンバロ協奏曲は、この音楽会でバッハ自身が(ときには息子達と一緒に)腕前を披露するために書かれたと思われます。同時代の作曲家に比べバッハがチェンバロを独奏楽器とした協奏曲をこれほど残しているのは、このためなのでしょう。その曲を調べてみると、このうちの何曲かは自作やヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲の編曲であり、残りの曲もほとんどは旋律楽器のための失われた協奏曲の編曲だろうと考えられています。

 その中でただ1曲、最初からチェンバロを独奏楽器として選び、その特徴・性能をフルに発揮するように書かれたのが、2台のチェンバロのための協奏曲ハ長調BWV1061です。バッハ自身とコンビを組んで妙技を披露したのは長男のウィリアム・フリーデマン・バッハだったのでしょうか。全曲を通じてチェンバロの華麗な技巧が駆使され、絶大な演奏効果を上げています。一方、弦楽合奏にはきわめて小さな役割しか与えられていないので、初めは2台のチェンバロだけで演奏する曲として書かれ、弦楽パートは後から追加されたのではないかと考えられています。2つのチェンバロを中心に協奏曲特有の(全奏と独奏が交互にでてくる)リトルネロ形式の第1楽章で始まり、第2楽章はチェンバロ2台だけで4つの声部が巧みに絡み合います。第3楽章は広い音域を活発に動く長大なテーマによるフーガです。

 

ブランデンブルク協奏曲 第4番 ト長調 BWV1049

アレグロ – アンダンテ – プレスト

Brandenburg Concerto No.5 G-major BWV1049

Allegro - Andante Presto

バッハはライプツィヒの音楽監督になる直前は、ケーテン候の宮廷楽長を勤めていました。音楽好きのお殿様のもとで幸せな時を過ごしたと自身で語っているように、名手を集めた宮廷楽団のために協奏曲や器楽曲の多くを作曲しました。ブランデンブルク協奏曲として知られる6曲から成るこの有名な協奏曲集は、ケーテン時代の末の1721年に、ブランデンブルクの領主に献呈されたために後世この名前で呼ばれるようになりました。当時バッハのつけた名前は「様々な楽器のための協奏曲」。いろいろな組み合わせの協奏曲を編んだもので、いわば当時のバッハの自選傑作集とでも言えるものだったと思います。献呈された領主様はどのような気持ちだったのでしょうか?(今も昔も誰かに作品を捧げるときには、たいてい何か見返りを期待するものですが、当時ケーテンの宮廷楽長だったバッハも、そろそろ新しい就職先を探しており、斡旋を期待していたようです。)

ブランデンブルク協奏曲第4の独奏楽器は、2本のリコーダーとヴァイオリンです。リコーダーによる華やかな彩りが印象的ですが、第1楽章と第3楽章では独奏ヴァイオリンに高度な技巧が要求され、2楽章は独奏と合奏の間でエコー(こだま)の効果が印象的につくられており、全体的に華やかな曲になっています。この曲も、その独奏ヴァイオリン・パートをチェンバロに編曲したチェンバロ協奏曲第6番(BWV1057)も残されています。市民音楽会では原曲も編曲(チェンバロ)版も演奏されたのではないでしょうか? 本日は原曲でお楽しみください。

*** 休憩 ***

 

オーボエ・ダモーレ協奏曲 イ長調 BWV1055a

アレグロ – ラルゲット – アレグロ・マ・ノン・タント

Concerto for Oboe damore and Orchestra A-Major BWV1055a

  Allegro - Largetto Allegro ma non tanto 

独奏〔1台の〕チェンバロの協奏曲の多くはヴァイオリン協奏曲が原曲であると推定されていますが、イ長調の協奏曲については、その音域、旋律の構成などから、オーボエ・ダ・モーレを独奏とする協奏曲が原曲ではないかと考えられています。1720年ごろに発明されたこの楽器は、先端が洋梨型で、愛のオーボエという名前に相応しい甘く美しい音色を持ちます。バッハはカンタータで甘味な表象・感情を表す、ここぞという時にこの楽器をしばしば用いており、お気に入りの楽器だったと考えられます。本日は原曲に復元した形(BWV1055a)で演奏します。曲は当世風のギャラントで歌うようなアレグロの第1楽章、シシリアーノ風の情感豊かな旋律をもつ緩やかな第2楽章を経て、3拍子の踊るような快活な第3楽章(アレグロ・マ・ノン・タント)でしめくくられるチャーミングな曲になっています。

 

カンタータ「悲しみのいかなるかを知らず」 BWV209

シンフォニア – レチタティーヴォ – アリア - レチタティーヴォ – アリア

Cantata for Soprano and Orchestra Non sa che sia dolore BWV209

Sinfonia Recitativo Aria - Recitativo Aria

 バッハは教会暦にもとづく礼拝のための音楽教会カンタータ200曲以上残しています。これらの教会カンタータは、ライプツィヒの教会の礼拝での説教に合わせ、宗教的な題材をもとに、独奏者、合唱と器楽アンサンブルで演奏する、語り(レチタティーヴォ)、歌(アリア)や讃美歌(コラール)を組み合わせたもので、バッハ自身はコンチェルト(協奏音楽)と呼んでいました。これに対して、領主の祝賀、結婚や葬送などの式典、また親しい友人の特別な機会などに作曲された世俗カンタータも数十曲残されています。バッハは、ドラマ・ペル・ムジカ(音楽による劇)やカンタータなど多様な呼び方をしています。

カンタータとはもともと、イタリア語の世俗的な歌詞にもとづく、小規模な器楽合奏を伴う独唱曲のことで、バッハの作品中このような本来のカンタータの意味に当てはまるのが、ある若い学者(バッハの弟子と思われる)の送別会用にソプラノ独唱と器楽アンサンブルの編成で書かれた「悲しみのいかなるかを知らず」です。とても美しい曲ですので、市民音楽会でも演奏されたかもしれません。レチタティーヴォを除く3つの楽章はすべてダ・カーポ形式+リトルネッロ形式で、フルートが独奏楽器のように活躍します。器楽のみによるシンフォニアに続くレチタティーヴォでは親しい人との別れの悲しみが語られ、アリアでは見送る者の悲しみとともに故郷へと旅立つ人への祝福が情感豊かに歌われます。次のレチタティーヴォではこの学者の並はずれた知性と徳、そして彼の赴任先であるアンスバッハ(ドイツの地名)が讃えられ、最後のアリアでは待ち受ける困難に雄々しく立ち向かえと励ましの言葉が贈られます。

 

アンコール

どうもありがとうございました。

沢山の拍手をいただきましたので、

バッハのカンタータ 第142番「一人の御子我らに生まれたり」よりコンチェルト(シンフォニア)、



カンタータ 第25番「汝の怒りによりて、わが肉体には全きところなく」よりアリア「私のつたない歌にも聴いてください」

をお送りします。

 

 

これまでの演奏会へ戻る

Home